沢渡日記

日々徒然

20190629

昨日の夜、イタリアンのお店に入った。スパークリングワインで乾杯したいね、と女友達と話しながら夜道を歩いて、ふと思いついた店だった。奥のカウンターに通されて、ワイングラスを合わせて乾杯した。お疲れさま、彼女が言って、ありがとう、と私は答えた。彼女から多肉植物の鉢をプレゼントされて、水やりの仕方を聞いた。一週間に一度、完全に土が乾ききったタイミングで、スポイトか霧吹きでちょっとだけね。まだ鉢に根付いてないから、一週間後以降に。私は何度も頷いた。私はチョコレート屋のサブレを彼女にプレゼントした。退職の日は気心の知れた友達とゆっくり過ごしたかった。実はさぁ…を心の中の彼氏のように思ってるから、と私が言うと、それはダメだって!と返ってきた。ちゃんと現実の彼氏を作りなさいね。私の最近の恋愛が続かないことを彼女はよく知っていた。人との関係性は時間をかけて解決することもあるよ、と言った。そうだよね…と私は呟いた。付き合う中で相手が問題に取り組む気がないと判断したら、関係性自体に無理があるからやめましょう、となってしまう。多分、自分もそれほと誰かと一緒にいる気がなく、満足度の高い状況以外は要らないと思っている。でもそうするといつまでもパートナーはできない…。前菜の盛り合わせを食べて、ラム肉のミートボールが来たので赤ワインを頼んだ。大変だったでしょう?と彼女はお皿に取り分けながら私に聞いた。人生で一番忙しい半年間だったよ、と私は答えた。本当にお疲れさま。彼女の淡々とした声が沁みた。

20190628

昨日の夜、デートをした。彼がさらりとドアを開けて入ってきた時、私は振り返って静かに彼を見つめた。会うのは久しぶりだった。こんばんは、と挨拶すると、彼は透明な目で私を見た。カウンターに並んで座ってお酒を飲んだ。店の中は賑やかで、二人の間だけしんとしていた。お互いにあまり話さなかった。彼が煙草を箱から一本取り出して吸い始めるのを見た。ゆったりと流れるような所作で、初めて会った夜を思い出した。一目惚れを信用してはいけません。心理学者の先生がコラムで書いていた。あなたはその相手に、自分の内面のヤバい部分を見ているのです。もし一目惚れをしてしまったら、まずは一ヶ月寝かせて、心が落ち着いたら諦めてください。クリスタルの灰皿の上で煙草を消した彼が、連絡先を教えて、と私に言った。静かな目をしていた。私は微笑んで頷いた。四ヶ月寝かせた場合は?私は心理学者の先生に心の中で質問した。それでも感動する場合は?連絡先を交換してから、私は白ワインをすいと飲んでグラスを置いた。彼は店主にハイネケンをお代わりした。今日出た新譜かけてもいい?と店主が言いながらカウンターの端へ向かった。緑色の瓶の影が彼の指先に淡く差していた。

20190625

昨日の夜、焼き鳥屋へ行った。久しぶりに会う女友達だった。ビールで乾杯してから久しぶりに近況を聞いた。彼女はマンションを買い、出来立ての彼氏がいるらしい。順風満帆だね、と私が言うと、まだ付き合い始めたばかりで距離感がわからない、と彼女は言った。最後に連絡を取ったのはいつ?水曜日かな。五日経ってるから連絡しなよ、と私が言うと、まだいいよ、と彼女は砂肝に一味唐辛子を振りながら答えた。じゃあ七日後だね。私は最近の振るわなかった恋の話をした。まあいいのよ、友達に戻ったから。ささみ串を串から外していると、友達に戻るのがすごいわ、と彼女から返ってきた。厳密に言うと友達ではないのかもしれない。その人が、私と前の恋人が一緒にいるのを見たときの表情を思い出した。じゃあどうして必要な時期に必要なことをしなかったのか。私は冷めた気持ちでビールを飲んだ。ふとした話から依存の話になった。どうして人は群れたがるんだろう?私が呟くと、やっぱりさぁ、人は皆さみしいからじゃないの?と彼女は答えた。カウンターから店主がレバー串の皿を差し出した。受け取ってテーブルに置き、食べ終わった串を空になった皿にまとめた。私もさみしいよ、と言うと、私もさみしい、と彼女も言った。ビールをもう一杯ずつ頼んで、お新香と両手羽、つくね梅を頼んだ。さみしいから群れたいというのはリンクしないと思った。じゃあ私のさみしさには何がアクセスできるのだろう。豚串も頼んでいい?メニューを眺めていた彼女に聞かれて、私はニッコリして頷いた。

20190620

昨日の夜、思いがけず盛大な送別会を開いてもらった。綺麗なお花や贈り物を沢山いただき、長い付き合いの仕事仲間たちと賑やかな時間を過ごした。乾杯してから食事をしたり全員で話をして、酔いも回って次第に小さなグループに別れて話し始めていた。何で仕事を辞めようと思ったの?隣に座っていた同僚に聞かれた。私は黒霧島のグラスに口をつけて、少し考えてから答えた。今とは全く別の人生を生きてみたい、そう思うことってない?私が聞くと、あるよ、と何人か呟いた。でもさ、それを実際にできる人はすごいよ、と向かいの同僚が言った。すごいんじゃなくてただやっただけだよ、私は静かに答えた。本当にその通りだった。以前、お店を経営している友達にサラリーマンの男子がカフェをやりたいと相談しているシーンを思い出した。やってみればいいんじゃない?さらっと彼女は答えた。それ以上もそれ以下でもなかった。当時は、それができれば人は悩まないよね…と側で聞いていたけれど、今ならわかる。皆で写真撮影をしてから、店を出て二次会へ向かった。風のない夜だった。信号待ちで先発隊と逸れて、どこだっけ?といいながらも皆あまり真剣に探していない。平和な夜だと思った。馴染んだ街と、馴染んだ声。さすかにこの道行きすぎてません?一人が言って、皆で引き返すと、信号の向こうで同僚が手を振っていた。

20190618

昨日の夜、残業で遅くなった。小雨の降る中、気分を変えたくてゆっくり歩いた。湿度のせいか信号の光がばんやりと滲んで見えた。博愛が九割を占めるコンディションになって久しい。恋愛感情は薄い膜のように被さるばかりで、自分の中でどちらなのか区別がつかなくなっていた。一時的に誰かと付き合っても、別れてから友達になる。それを繰り返すばかりだ。でも、ただ一人だけ二度と会わないことを決めた人がいる。顔を見たら溢れてしまうし、体の細胞一粒一粒が喜ぶのがわかる。理屈ではない。制御ができない。考えてみるとそれしか恋愛ではないような気がしてくる。車が通らないことを確認して、足早に道路を渡った。濡れたアスファルトが鈍く光っていた。片想いで一番好ましいのは付き合う前ではなく、別れた後にひっそりと相手を想うことだ。二人の間にもう現実は存在しないし、発生する可能性もない。心は永遠に凪いだままだ。夜空を見上げると、雲が厚くかかっていて月は見えなかった。街灯の白い光を数えながら歩いた。

20190617

昨日の夕方、散歩から自宅に戻り、パソコンのセットアップを始めた。自分の家でWindowsを使うのは新鮮だった。初期設定、アンチウイルスソフト、メール、プリンタ、オフィスの設定、諸々で六時間かかった。アンチウイルスソフトMacよりWindowsの方が適用される対策が多く、手厚い。仕事用と考えると正解だ。ひと段落すると夜の十一時を回っていて、コンビニ預かりの荷物を引取りに外へ出た。ぶらぶらと夜道を歩きながら考えた。二度の偶然。バーでばったり会ったあの人は素敵だった。物腰も声も話し方も好きだと思った。どうしようか迷っていた。金曜に会った前の恋人はなぜか深く響いた。いつもは爽やかにお喋りして終わるのに。共鳴?そう思いついて首を振った。自分が誰のことを好きなのかさっぱりわからない。このままどうもしないかもしれない。斜向かいのマンションの一階で女の子たちが抱き合っていて、ぱっと離れた。それから並んで二人で話をしていた。なんとなく見ないようにしてまっすぐ進んだ。

20190615

昨日の深夜、立ち話をした。少し離れた場所で彼が私を待っているのがわかった。鋭敏な人なので私の気配にもすぐに気づく。でも向こうから声をかけてくることはあまりない。つい、と椅子から立ち上がって声をかけた。彼はいつもの落ち着いた眼差しで私を見た。それから二人で話をした。いつもの穏やかな物言い、どこにも偏らない態度。彼は心を揺らさない。今の私もそれを望んではいなかった。あなたの心が揺れますように。そう願うことは、私の心が揺れますようにと願うのと同じだ。そうやってだんだんとバランスを欠いて懸想に落ちていく。喉乾いたから飲み物買ってくるね。バーカウンターに立つ彼の背中を眺めた。肩先も横顔も記憶と一部も違わなかった。好きだった人のフォルム。戻ってきた彼はハイネケンのビールを手にしていた。私の手に持つ瓶は空になっていた。もう少し話を続けたら心が開いてしまう。その兆しを感じて、こちらから会話を締めた。またね。友達のように握手をして別れた。取り扱いには慎重にならなくてはならない。そう思いながら店の重い扉を押した。頰に湿った風を感じた。ふたりの関係性は無重力でありたい。全てを濾過して愛だけ残すことに、私は随分と時間を割いたのだ。