20180703

昨日の夜、演奏会へ行った。最寄駅を出ると雨が降っていた。傘をさしてテイクアウトのコーヒーを持ち、グーグルマップで地図を確かめながら二十分ほど歩くと会場に着いた。開演時間になると音楽家が会場に入ってきた。小ぶりの美しい金管楽器を手にしていた。きれいなくるぶしの先は裸足で、下駄をはいていた。端整な男の人だった。人間の気配が淡く、穢れが全く見当たらなかった。静かに始まった演奏は透き通るように繊細だった。どこか別の場所から聴こえてくるようで、私は耳を澄ませた。音の連なりは旋律の形を取りながら、別の何かに似ていた。例えば風や、雨や、日差し。こんな作品をを作ったり弾いたりしていたら、私なら気が狂ってしまうだろうと思った。演奏がひと段落すると、彼は背を向けたまま話し始めた。音が…ある程度の大きさになると、人は聞くのをやめてしまうんです。耳を澄ませて音を聞くと、耳が開いてきます。わかる…と思った。演奏が終わり、さざ波のような拍手が起こった。深く一礼した音楽家が、よかったら楽器に触ってみてください、と観客に声を掛けた。周りがひとしきり試した後で私は立ち上がり、見たことのない木製の楽器の前に立った。美しいと思った。ピアノより半音上げて調律しています、と音楽家はいった。鍵盤にそっと触れると、ジ…と指先に微かな振動が伝わってきた。琴の音に似ていますね、私がいうと、そうかもしれない、と音楽家はいった。弦の張り方が近いんです、彼は深い湖のように澄んだ目で話した。吸い込まれるようだ。たまにこういう目の人に出会う。