沢渡日記

日々徒然

20190914

真夜中を過ぎて公園のベンチに着くと、彼は先に来ていた。目を閉じて仰向けになった彼の腕をそっと揺すった。起き上がった彼はトロンとした目で、さっきタクシーの中でウイスキーを飲んでさ…と呟いた。木立の向こうに白く光る満月が見えた。きれい、と私が言うと、さっきは左の端の方に見えたのに、もう真ん中まで来てる、と彼が言った。赤ワインの瓶を開けて、二人で回しながら飲んだ。会うのは夏以来だった。でも特にそんな感じはせず、自然だった。昨日考えていたことなんだけど、と彼は話し始めた。物語性についての話をしていた時、小池昌代の詩が頭に浮かんだ。ただそこに溢れよ、確かそう綴られた一編。溢れてる人っているのよ、私は言った。激しい人や強い人のことじゃなくて、静かな人でも。自分もそうありたいと思っているし、そういう人をいつも探してる。私が言うと、彼はわかった、という顔をした。立ち上がって木立に近づき、私は満月の写真を一枚撮った。背中の向こうから、彼が写真を撮った音がした。多分、女の背中と満月をファインダーに入れて。私は振り返ってポケットからアルミホイルを出して、これ灰皿になる?と尋ねた。なるよ、と彼は答えた。吸いたいな、と私が言うと、彼は煙草に火をつけて私に渡した。夜気と共に煙を深く吸い込んだ。十年ぶりの煙草は美味しくて、苦かった。二人で立ったまま月を眺めた。煙草が短くなるまで、一口吸うごとに指先で渡し合った。フランスにいた時みたい、と彼が呟いた。