沢渡日記

日々徒然

20190801

仕事明け、川を眺めてしばらくぼんやりした。毎日受験生のように勉強しているので、職場を出ると一度リセットしたくなる。今回もまた修行感たっぷりだなと思う。これまでを思い返すと、どこに行っても厳しい師を見つけて従事している。自分が求めているのもあるのだろう。きついけれど成長はする。家に帰って窓を開けて、暑いので床に寝そべっていたら眠ってしまった。宅配便が届いたので封を開けて中身を取り出した。今の職場で仕事に使うものをいくつか買った。製図用の青い定規、蓋つきのステンレスカップ、黄色のペンケース。ダンボールを片付けてから食事にした。イカスミ納豆そば、ささげとソーセージの炒め物、大根サラダ。食事の後、ちょっと休憩しようと音楽を聴いて床でゴロゴロしていたらまた眠ってしまった。無理やり起きてシャワーを浴びに行った。髪を洗いながら頭の中で仕事の復習をした。明日は先に食事を済ませていいですか。髪を拭きながら前の恋人にメッセージを送った。返事はすぐに返ってきた。氷をたくさん入れたグラスに水を注いで飲んだ。過去の恋人と会うのは楽しい。気心が知れているからデートの精度が高いし、自分の中には楽しかった頃の記憶しか残っていない。珠玉のコレクションのようなもの。

20190731

夕食には暑いけれど長崎ちゃんぽんをすすった。案の定汗びっしょりになった。ひと息つこうとドラマ、凪のお暇を観ていたら眠ってしまった。いつも同じパターンだ。十時半に起きてぼんやりしながら食器を洗った。テーブルについて手帳に予定をメモしていると、土曜に一件バッティングを発見した。明日調整しなくては。シャワーを浴びてから、連日の暑さで突如できたあせものケアをした。Macで音楽を聴いていると、ふと音が止んだ。ルーターの様子を見てみると一度切れており、またすぐにネットが接続された。本体が熱を持っていたので風に当てた。暑いのでひんやりした曲しか聴けない。自然と無機質なテクノばかりを選んだ。明日も仕事がハードなので早く眠りたいけれど、暑くて寝付けそうになかった。アイスノンを持ってベッドに入ってから、頭の中で仕事の復習を一通り行った。少し疲れて、目を閉じて前の恋人のことを思った。あの夜、彼と普通の話がしたかった。日常のことや仕事のこと、それからこの先のこと。少しずつ心を開いてくれている彼をそっとしておきたかった。彼とはもう別れたくない。だから何も言わないだろうなと思った。万が一愛してると伝えたとして、それで彼とどうなりたいのかもわからない。

20190729

仕事明け、公園で一時間半ぼんやりした。外で風に吹かれているとようやく気持ちが落ち着いてきた。買い物はせずに帰り、家に帰って窓を開けた。部屋には熱気がこもっていた。暑い。茅乃舎の野菜だしで豚肉と大蒜と玉ねぎを炒めて、大根を入れて少し煮た。食後、録画しておいたドラマ、凪のお暇を観ていたら途中で眠ってしまった。最近仕事で覚えることが沢山ありすぎて、脳の疲労がひどい。横になるとコトンと眠ってしまう。目覚めると十時半だった。キッチンで食器を洗い終えてから一息ついて、椅子に座って目薬をさした。テーブルに置いたiPhoneにメッセージが届き、開くと前の恋人からだった。来月、久しぶりにそちらへ旅行に行きます。会わない間にまた別の土地へ転勤したようだった。彼と別れて何年経つのだろう。遡って数えていった。三年半だ。何度かやりとりをして会う日程を決めた。飛んでいきます、と彼から返事が来た。グラスの水を一杯飲んで、窓の外を眺めた。家に帰ってきた時より少し涼しくなった気がする。一緒にいた頃、仕事の合間を縫うようにして彼と会っていた。飛んでいきます。懐かしいフレーズだ。

20190728

カウンターでビールを買って、薄暗いフロアへ入った。午前一時半。フロアには寒いくらい冷房が効いていて、ひんやりとした尖った音楽が流れていた。立ち飲みができる長テーブルに肘をついてビールを飲んでいると、前の方に彼の後ろ姿を見つけた。風情がある。私はそのまま少し眺めた。例えば微かな風に揺れる柳の木のように。声を掛けに行くと、彼はこちらを見て笑った。お酒を買ってくるね。私がソファーに座って音楽を聴いていると、彼が隣に座った。お誕生日おめでとうございます。ありがとう。そっと杯を合わせた。白っぽいカクテルのようなお酒が、天井からの細い光を受けてぼんやりと浮かび上がった。よく憶えてたよね、彼が言うので、印象的だったから、と私は答えた。一年前の夏の終わり、二人で公園を散歩していた。何気なく誕生日はいつなのと彼に尋ねた。その時はもう誕生日が過ぎていて、お祝いできなかった…と私は残念がった。来年、と彼は言った。恋愛の最中で、私はめちゃくちゃに彼のことが好きだった。ずっと一緒にいましょう、二人でそんな話ばかりしていた頃。ビールを一口飲んで、お祝いは一人でも多いほうがいいでしょう?と私は笑った。それから二人で近況を話した。ゆっくりお酒を飲みながら話すのは久しぶりだった。抑揚のない冷静な声を聴きながら、彼と話していると好きが溢れると思った。身体が自然と喜んでしまう。何気ない会話の中で笑い合いながら、私は深くリラックスしていた。この人は私の大事な人だ、そう思った。わずかに触れ合うTシャツ越しの腕から体温が伝わってきた。ねえ、新しい一年でどんなことがしたい?私は彼に尋ねた。

 

20190726

白ワインを飲みながらキッシュにフォークを入れた。最後に彼女へ送ったLINEのメッセージは、結局既読にならなかったんです。彼は言った。それはLINEの連絡先を削除したと思うよ。私は答えた。長い恋愛の終わりの話だった。そうか…。彼は呟いて、吹っ切るように顔を上げた。その気持ちをわかってあげなよ。彼は頷いて白ワインを飲んだ。水色のクレリックシャツの袖口に深いブルーのカフスがはめられていた。綺麗だ。イワシの香草チーズ焼きが出てきて、美味しいね、と言いながら食べた。次は赤ワインを飲みましょうか。二人で話して、ラム肉のミートボールを一緒に頼んだ。さっきの花火、よかったですね。彼が言った。今日はデートだった。雨の中、一つの傘に入って花火が見える場所まで歩いていた。終わりまでに辿り着けそうになくて、観覧車に乗った。観覧車はゆっくりと空に昇っていった。二人で窓に張り付くようにして、打ち上がる花火を眺めた。ちょうどクライマックスの時間で、金色の柳のような大きな花火が遠くにいくつも見えた。綺麗だね、と二人で歓んだ。長い間、私と彼は仲が良かった。今夜たまたまデートという流れになったけれど、恋に落ちることのない組み合わせだなと思った。一緒にいて楽しいし気も合う。でも、欠けのようなものがない。ラム肉のミートボールが出てきて、彼が取り分けてくれた。私は赤ワインを飲みながらそれを待った。…さん好きですよ、ふと彼が言った。ありがとう、と私はニッコリ返した。ドルチェみたいな告白だなと思った。ふんわり軽くて、すぐに消えてしまう。

20190721

暑い、といいながら隣でぐうぐう眠る彼を置いて、私はそっと起き出した。今度こそ熟睡できるかと思ったけれど、浅い眠りしか訪れなかった。諦めてキッチンへ水を飲みに行き、窓を開けて風に当たりながら目薬をさした。朝九時半。二時間ほどしか眠っていない。夜遊びから帰ってきて、コンビニエンスストアで買った冷凍味噌ラーメンを作った。具は簡単に蒸しキャベツと海苔と白ごまにした。食事をしながらiPhoneSNSを見ていたら、彼から連絡が来ていることに気づいた。明け方、ドアの前に立つ彼は、缶ビールとカシューナッツの入った袋を提げていた。ようこそ。窓からの風に吹かれながら、椅子に座って二人でビールを飲んだ。送別会だったんだ、酔いでトロンとした目で彼は話し始めた。仕事仲間が遠くに行ってしまうらしい。さみしいな…という彼に、縁がある人とはまた会えるから、と私は言った。そうだよね…。彼はテーブルに突っ伏しながら返事をした。ふと、この前より随分素直になったなと思った。必要以上に大人に見せたり虚勢を張ったりしなくなった。ねぇ、どうしてここに来たの?私が彼に聞くと、…さんと飲みたかったから、と返ってきた。それだけ?私が言うと、大人の女の人の質問は難しいよ、と彼は俯いた。私は彼の髪をそっと触った。会いたかったの?彼は答えなかった。その沈黙の温度がよかった。焼肉くさいからシャワーを浴びたいと彼が言って、どうぞ、と案内してガス給湯器の電源を入れた。リビングに戻ってビールの続きを飲んでいると、俺の歯ブラシ何色だっけー?と声が聞こえてきた。黄色、と答えながら可笑しくなった。そういえば片付けずに置いたままにしていた。窓の外には雲ひとつないブルーの空が広がっていた。これから眠るのがもったいないくらいだ。

20190720

ビールを飲みながら、真っ暗なフロアで揺れていた。プレイしているのは好きなDJだ。彼は静謐で、どこか異世界の空気を纏った音を紡ぐ。目を閉じて音の流れに身を浸すと、心がひんやりと鎮まっていくのを感じた。さっき、好きだった人と二人でお酒を飲んだ。私は彼を諦めて、前と同じ知り合いのような友達のような関係になった。お互いに大人だし、ばったり会うこともあるから変にわだかまるのはやめましょう。誠実かつ冷静に話しながら、また和解…と思った。この人とだけは和解するのは無理だと思っていた。彼の目を見て話していると、あとからあとから恋情が溢れて制御ができなくなった。でも、その理由はわからなかった。今は気持ちを表現する権利を失って、代わりに心の平穏を手に入れた。白ワインを飲みながら、私は彼に古い映画のワンシーンの話をした。誰もいない街角で、白いポリ袋がただ風に舞うというシーンだった。褪せたレンガの壁の前で、赤や茶色の落ち葉とともに、気まぐれに風に巻き上げられる白いポリ袋。寂しいことすら諦めたような透明なダンス。話しながら、この映像は自分の心象風景に近いのかもしれないと思った。いつのまにかフロアには人が増えていて、踊る人の影がモザイクのように揺れていた。女友達に声をかけられてニッコリ挨拶すると、ふんわり抱きしめられた。来てくれたんだね。少し話して、また私は一人で揺れ始めた。彼に抱きしめられた時、私は泡になって溶けてしまいそうだった。息が止まるくらい好きだと思った。でも、このまま同じことを繰り返したら気が狂いそうになって、急に居なくなったりするかもしれない。空になったグラスをテーブルに置いて静かに踊った。これでいい。彼とは距離があったほうが。私が私で在り続けるために、一生片想いのほうがいい相手もいる。