20180416

昨日の夕方、ヨガのレッスンとお風呂の後、軽く食事に行った。七時に荷物が家に届く設定にしていた。まだ喘息が治っておらず、夜の外出を制限するためだ。油そばをすすると、いつもよりあっさりした味に感じられた。最近塩分を摂りすぎてるな…。普段から運動とお風呂で大量の汗をかき、ナトリウムが抜けきっているところで料理をするので、どうしても濃い味付けになってしまう。途中で酢を回しかけて食べた。チャーシューは思ったより塩気が濃く、ウズラの玉子にはしっかり味が染みていた。食後、コーヒーを飲もうか迷ってやめた。今夜は早く眠りたかった。雑誌、ポパイのニューヨーク退屈日記をパラパラとめくった。スノッブな記事には興味を惹かれなかった。ニューヨークのソウルフードとジューイッシュ街のページを丹念に眺めた。後ろの方までめくると、蓮沼執太の記事があった。彼はニューヨークにスタジオを持っていて、住まいとその周辺の紹介をしていた。ここでの暮らしは僕にとって居住と滞在の中間のような感覚です、と書かれていた。わかる…と思った。私は彼のように複数の家を持つわけでもなく、普通に一箇所に居住している。でも、ここに在るという感覚しかなかった。どこにいても旅先のようで、じゃあ別に土地を移動しなくてもいいかと思うようになった。根がないのだから同じことなのだ。もう一度ソウルフードのページに戻った。一番食べてみたいのはジャマイカンのソウルフードだ。オックステールの丼。主食をお米にしてから、あれほど好きだったパンに全く目が行かなくなった。自分にとってパンはサイドディッシュなんだなと思った。顔を上げて時計を見ると、もう店を出なくてはいけない時間だ。大ぶりのグラスでゴクゴクと水を飲んだ。レジの側に置かれた大きな花瓶には、枝もののピンクの花が生けられていた。きれいですね、私は花びらに少し触れて言った。ニッコリ頷いた店員の男性は柔和で礼儀正しかった。