沢渡日記

日々徒然

20191229

午後三時、美しい渚に立って海を眺めた。今年一年を浄化するように。海は凪ぎ、静かに波が打ち寄せていた。今年は前半に繁忙期と転職活動と退職、後半に転職と長い研修と繁忙期があった。おそろしくハードだった。七月に精神的抑圧からの解放で、毎週お祭りのように色んな男子とデートをした。その時期は不思議と相手に困らなかった。今思えばそれは全て、恋愛に近い何かだった。結局誰とも付き合わなかった。波打ち際ギリギリまで近づき、波が来ると後ずさった。少し満ちてきているかもしれない。紫色の雲間から光が差し、海にオレンジの道を作っていた。カメラを構えて写真を一枚撮った。今はまたひとりだ。波のように寄せては引いていく、人と繋がりもそのようなものかもしれない。一駅電車に乗って、目当てのお寺に行くと年末年始の準備で閉まっていた。少し先にある高台のお寺へ行った。境内はひと気がなかった。神様の前で目を閉じて静かにお祈りした。来年は諸々成就しますように。

20191228

夜七時、お茶を飲みながらなんとなく荷造りを始めた。俺の話は長い、の録画を流してボーッと眺め、また少し荷造りをする。全く捗らなかった。昨日の夜、飲みすぎたせいか頭が機能していない。iPhoneを手に取ってメッセージを打ち、しばらく眺めた。もうずっと、彼と関係が展開しないことにうんざりしていた。でも、展開してもいずれ無理な日が来ることもわかっていた。彼と私では大事にしているものが違いすぎる。透明のサプリケースに日数分のサプリを詰めて、ロキソニンと胃薬の錠剤を数えた。封を切っていない目薬を引き出しから一本出した。私は彼の価値観に共感ができなかった。群れの中で立場を築き、承認されることで自分を保つ。そこから一歩も出る気はないようだった。なぜ彼がどこにも属さない私を気に入ったのかわからなかった。もしあなたがその場所から出ない限り、本当の意味では出会えない。そう伝えてみたけれど、具体的に変わった様子はなかった。元々別の種類の生き物なのだ。交わることはないはずの二人だったのかもしれない。送信を済ませてパタリとiPhoneをテーブルに伏せた。もう私のことを誘わないでください。

20191227

午後十一時半、もう少し二人で飲むことにして外へ出た。川沿いの道は風が冷たくて、ダウンのジッパーを首元まで上げた。目当てのお店は十二時で閉店のようで、窓から漏れる灯りを立ち止まって眺めた。どこ行く?大通りを渡った先に四時までやってるお店あるよ。遠い!川向こうにバーとかあるんじゃない。思いつくところある?っていうか寒すき!酔いが醒める!真っ白な息を吐きながら、二人で好きなことをいい合って歩いた。背の高い彼は歩幅が広くて、すぐ差がついてしまう。私は彼の右腕を取って、もう少しゆっくり歩ける?と見上げた。あぁごめん、彼は歩調を緩めて歩き出した。彼と会うのは二年ぶりだったけれど、全然そんな気がしなかった。彼と私はしっくり来すぎる。それは出会ったばかりの頃からずっと感じていることだった。手が冷たい。彼のコートのポケットに手を入れて横断歩道を渡った。店につき、薄暗い二人掛けの席でカリラをロックで飲んだ。首元がすうすうするので彼のマフラーを借りて頭から巻いた。ヒジャブみたいに。上質なカシミヤの肌触りだった。草と花の香りが混ざったようないい匂いがした。

20191225

その日は遅くなっちゃうから年明けにする?と彼に聞かれて、今会いたいから、と返しそうになった。一呼吸置いて、文面をマイルドに修正した。時間があるときにゆっくり会いたい、と言われるよりも、明日一時間でもいいから会いたい、と言われたい。急いでいるわけじゃないけれど、気持ちの旬にぴったりタイミングを合わせたい。メリークリスマス。久しぶりに彼から連絡があった。最近、度々彼のことを思い出していたので、あぁ…と思った。キャッチしたのかもしれない。ドライヤーで髪を乾かしてから、R1ヨーグルトを飲んだ。指先の傷にテープを貼って、坂本龍一のピアノを小さく流した。彼に会うことが今の自分にとって最善なのかはわからなかった。流れを変えるための賭けなのかもしれない。あんなにも、体がそっくり裏返しになるくらいに好きで、好きすぎて触れられなかった人を、今の自分はどう感じるのか。あれから随分時間が経っているし、何も感じない可能性もある。凪の監獄、ふとそう思った。もう長い間、魂がビリビリ震える感覚がない。それは幸せなのか、不幸せなのか。ベッドに入り、電気毛布のスイッチを入れて抱きしめて眠った。

20191224

食後、ドライフルーツのシフォンケーキとアッサムティーでイブを祝った。音楽は色々と迷った末、ベニー・シングスをかけた。旋律がマジカルで声がスイート。仕事帰り、職場の同期の子とデパ地下へ寄った。すごい賑わいで、チキンの行列、並ぶ気失せるね…といい合って別れた。キラキラした雰囲気の中を歩きながら、クリスマスって華やいだ気持ちになると思った。ようやくデートの気力が湧いてきた。でも、デートしたい人がいない。長い間すれ違っている人に、もう終わりにしたいと伝えようと思い立ったけれど、さすがにイブには相応しくないのでやめた。iPhoneにメッセージが届いたので開けると、前の恋人からだった。素敵なイブを過ごしてください。へえ、と思った。最後に連絡を取ったのは半年前だった。部屋の明かりを落とし、蝋燭に火を灯してぼんやりと見つめた。デートはいい。あれはパッケージだ。半分が現実で、半分がフィクション。この前、旅行へ行くとき誰かと一緒に行きたいか?と友達と話した。この先一生会わないから一緒に行ける、と私は答えて、自分でもなんだそれ…と思った。誰かと濃い時間を共有するなら、それを最後の思い出にして別れたい、という願望がある。ギュッとした密な感情が好きなのに、短い時間しかそこにいられない。

20191223

仕事帰り、雑貨屋で美しい耐熱グラスを見つけて、自分へのプレゼントとした。花屋で白いガーベラを買った。ドライフルーツのシフォンケーキをホールで買った。最近全然日光を浴びる機会がなく、気が塞いで仕方がない。でも買い物袋を幾つも提げて歩いていたら、少しだけ気持ちが晴れた。家に帰って鯖缶と大根でカレーを作った。食後にデカフェのコーヒーとシフォンケーキでお茶の時間とした。モトカレマニアの最終回を観た。このドラマは山下くんと麦ちゃんのストーリーがよかったなと思う。それとサクラ先生の静謐で甘やかなところが好きだった。

20191221

午後、検査の合間にランチへ外に出た。カフェでパスタを、と思いつつ入ると店の中は混んでいた。料理が出てくるまで三十分ほど待つとのことで、ギリギリ間に合いそうなので頷いた。ロケーションの良い席を選んで座ると、向かいのテーブル席の退屈そうな顔をした長い髪の女の子と目が合った。隣の席にカップルが座った。女の子が蛇革のブーツを履いていた。ジュースを飲みながら雑誌をめくった。ふと、源氏物語のコラムが目に留まった。夕顔が多分一番好きで、明石や浮舟もいい。源氏物語は恋愛の不可能性を書いている、とコラムニストが言っていて、不可能性?と思った。隣に座ったカップルの会話が聞こえてきた。出会いたての男女の模範解答みたいなやりとり。退屈だなと思った。もっと混沌とした人生の深淵の話とかしないの?喜ぶのは私だけかもしれないけど。ふらっと男の子が一人、席を探しながら入ってくるのを見かけた。独特に閉じた雰囲気で、目が合うとすぐに相手は逸らした。あんな男の子の話なら聞いてみたいなと思った。パスタを手早く食べて、ダウンを着て席を立った。食事を急ぐのは不本意だけれど仕方ない。扉の近くの席にさっきの男の子が座っていて、一心不乱に文庫本を読んでいた。いいね。検査に戻って先生と問診。向かいに座ると、仕事慣れた?聞かれた。まあまあです、と答えると、そんな顔してるよ、と先生はニコニコした。そっか。私そんな顔してるのか。