沢渡日記

日々徒然

20210821

じゃあ、ご飯作るね。立ち上がってキッチンへ向かった。こんな話をした後に、明るくご飯作る自分が大人すぎてイヤだわ。私がそう言うと、そんな…さんだから信頼できます、と風の人は言った。信頼。今日、何度その言葉が二人の間で出ただろう。リーフレタスの上に輪切りにしたオリーブを散らし、蒸しあがったサラダチキンをカットして真ん中に置く。ミニトマトも添えた。胸がいっぱいであまり食べられないかも…と彼が言うので、パスタをやめてクロワッサンにした。朝、ちょっと有名な町のパン屋さんで買ったものだ。すごくいい匂いがする…と彼ははしゃいだ。食事をしながら、私はビールを飲んだ。彼には朝に煮出した麦茶を出した。ペットボトルじゃない麦茶を飲むのいつぶりだろう…と彼が感動して呟いた。準備するのも楽しかったから、と私は笑って言った。夕暮れを迎える頃、私たちは長い話をした。静かで、苦しくて、でも自分達の本当の話だった。いつのまにか窓の外はすっかり夜になっていた。映画一本観たくらい心が揺れた、と彼は言った。私は何も言わなかった。二人は折り合わない。その事実が胸の奥に降りて行くのを静かに待った。食事の後、テーブルの前で立ったままハグをした。これは私達の最後のハグなのだ、そう思いながら胸にもたれた。もう体がこの人の骨格を憶えてしまっていた。彼はぎゅっと腕に力を込めて私を抱きしめた。さみしいね、と私が言うと、さみしいよ…と彼も呟いた。私はずっと、彼の口からその言葉が聴きたかったのだ。